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翻訳会社は福岡へ
大分での会社経営における問題点
大分で経営を行っていると、弊社のような中小企業が大分での経営を困難させる数々の理由があることが見えてくる。 このため、弊社は福岡へとシフトせざるを得なかった。
事業用地の問題
大分というのは変化がゆるやかだ。 バブルが崩壊して不況が続いても大分の不動産価格はなかなか下がらなかった。 つまり、フロアが生み出す収益に対し、高止まりしていた訳である。
弊社は、過去、あるビルのフロアを借りてビジネスを行っていたが、この、フロア・コストは結構馬鹿にならなかった。(優秀な社員を確保したかったし、社員のやる気が高まることも期待してグレードの高いフロアを借りていたということもあるが)
結局、フロアを借りている限り、いつまで経っても利益がフロア・コストに食われてしまうことを痛感し、借り物ではない自前のオフィスを作ることが最良の対策であると考え、大分市と別府市の中間地点に土地を購入した。写真は、購入した土地の近くを通る別府湾の湾岸道路(国道10号線)である。
(外部リンク:大分の社有地に関して)
結局、大分に購入したものの、その後、一層の景気悪化で、その土地の上に事務所を作ることなく、代わりに、人が住める程大きな物置が鎮座している。 以前借りていたフロアを借りるのを止め、その物置に、以前借りていたフロアの備品や様々な装置類を移動、格納されている。
大分での事業再開を待ちながら・・・
現状、大分では物置フロアはあるけれども、人間がビジネスを行うフロアはなく、福岡にちょっとした事務所がある程度までスリム化が完了した。 そう、だいたいのことはインターネット上で処理してしまうのだ。
ある意味、大分でのフロアの収益性が悪い経験があったからこそ、理想とされつつも多くの会社で実現出来ていない「オフィスレス会社」に近づけたのかもしれない。
人材の問題
弊社は中小企業であっても頭脳産業であり優秀な人材が必要なのだが、大分で10年近く会社を経営した結果、必要とする優秀な人材を得ることが極めて困難であることを痛感した。これは、大分の人材が優秀であると信じていた私にとって大きな誤算であった。
何故、大分で優秀な人材を確保するのが困難なのか? その一番の理由は戦後の東京一極集中という政策に起因していると考えている。この政策により、大分の優秀な人材の多くは東京に流出してしまったのである。私も、戦後の日本を復興させるために東京にパワーを集中させるという政策は意味があったと思うが、現時点では、その弊害が出ていると考えている。
尚、東京一極集中以外にも要因がある。九州を出たくない優秀な人は福岡の企業に就職し、更に大分を出たくない地元志向の優秀な人はキャノンなど大分でオペレートしている超一流企業に吸い取られていくという状況がそれである。(大分の人材)
行政の問題
そして、更に問題なのが行政である。今はどうか知らないが、私が大分で会社を設立した段階では、大分の行政は保守的かつ消極的で「ヨダキイズム」の結晶のような感があった。
今は一線から身を引かれた平松知事が、まだ現役で活躍されていた頃、僕は、大分のベンチャー企業を活性化するための提案を行ったことがある。 平松知事は、ベンチャー企業も一村一品の精神に通じると言い、僕と県の間で意見の交換をする場所を設けてくれた。私は、大分を活性化させるための色々なアイデアを持っていたので、それを意見交換の場でぶつけてみたのだが、そこで痛感したのは
「動かない行政の姿」 だった。
県庁の職員は 「知事は理想を言うが、現場はそうは動かない」 というようなことを平然と私に言い放ったのである。 結局、彼ら役人は余計な仕事は増やして欲しくないのである。 「それが公務員というものさ」と言えばそれまでだが、県を引っ張っていくべき側の人間が県を良くしようという情熱のかけらも持っていないとしたら、大分県民はなんと不幸なことだろうか。
金融機関の問題
更なる問題が横たわっている。 金融機関である。 古い体質の地銀が事実上1行独裁に近い状態であり、行政機関など、やさまざまな所と非常に強いつながりを持っている。 これも、今は改善されたかもしれないが、土地などの担保を持っていないベンチャーが融資を受けるのは至難の業なのである。 話をするだけ時間の無駄なのである。 ちなみに、大分県には、なんと、東京三菱銀行が1行もないのである。そういう土地なのである。
恐らく、これから大分で起業しようとする人の多くは、このページを読み、大分での起業を断念するであろう。 この問題を大分県はどのように解決するのか、あるいは何もせずに大企業だけにすがって生きていくのか、興味深く見ている。
翻訳会社ソリュテック 田吹 清己
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